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日記2025年9月

               

 

今月の一枚

北大サッカー部100周年記念

この歳になると、あまりいい思いではない母校のサッカー部のことも少し気になってくる。今月の初旬は100周年記念のある月だった。

 

9月2日(火) 

 仕事は10月案件まで終わり、11月案件はまだ入って来ない。なので、昨日今日と15時帰りにした。体は楽になるがなぜか気持ちはすっとしない。こんな定年後になるのはやだな。明日から11月案件が入ってくる、ほっとした気持ちになるのが気になるなぁ。でも木曜日からはさっぱろにてサッカー部100周年記念だ。また思いっきり遊んで来よう。

4日(木) 北大サッカー部100周年記念式典初日

 仕事は午前に終わりにし、奥さんと合流すべく羽田に向かった。飛行機は一時間弱遅れ着いた時には20時過ぎだった。おかあさんは、ずっと改札脇のベンチに杖をもって座っていた。駐車場にて、おかあさんはローソンの領収書を出口清算の機械に入れれば無料になると言い張っていた。奥さんは、それはないとお金をいれた。このやり取りで夜お母さんが迎えに来るってほんとに心配な事だと悟った。俺たちは腹が減っていたので三人で人気の寿司屋トリトンに行き、散々食べた。ここはやっぱり旨い。なので普通の回転ずし屋の二三倍くらいの値段だ。俺一人で6千円以上食べたが、腹いっぱいてほどではない。いい店だ。奥さんの実家に行き、すぐに眠りに落ちた。

5日(金) 北大サッカー部100周年記念式典二日目

 10年ぶりくらいだろうか、学生時代に住んでいた周辺をなつかしむため、北24条から歩いて南下し、バイト先、アパート、よく行った飲み屋、銭湯、ラーメン屋、中華屋、大学などを見て回ったが、残っていたのは大学構内だけだった。それでも、その場所をあるけば昔の記憶が蘇り、良いこと、悪いことなど甘酸っぱい思いになる。結局宿泊先の狸小路まで歩いて行ったので相当な距離を酷暑の中、熱中症になりながら歩いた。なので宿泊先のhelio hoster にて宴会に向けてベットで休んだ。しかし、このホステルは若い美女が多くいい宿泊先だった。また、みんなマナーもよく、ベットも清潔だった。18時頃準備が出来たが、時間あるのでまたすすきのに歩いていき、昔の思い出のバイト先や飲み屋めぐってみたが、やはりこちらも跡形もなくなっていた。それでもやはり甘酸っぱい。1830からはあらまさと二人で狸小路のてるてるっていう居酒屋にて3時間強会食。こんどまた熊谷で連絡寄こすようにと言っておいた。根岸??のラインには少し戸惑うが。。。ある気疲れのせいもあり、ホステルでは10時前に就寝。

6日(土) 北大サッカー部100周年記念式典三日目

 朝はやっぱりホステルでも5時前に起きる。狭いところでじっとしているわけにはいかないので、本日より始まる式典の午前の部、現役紅白戦会場の雁きグランドへ向うため、北大正門前に歩き始めた。でもやっぱりどの店も閉まってる。なので、昨日同様、北大構内のセイコーマートにて弁当を買い、二階テラスにて朝食として時間をつぶす。8時過ぎに待ち合わせ場所の正門前に向ったが朝の清々しい北大の構内は最高だ。こんな美しい構内は他にないだろーな。待ち合わせ場所では数人の人が待っていたが、歳のせいか、半分は誰なのかわからなかった。さて、紅白戦はさすがに若くて技術のある現役のサッカーには驚いた。でも、まとまりがなく、戦略がない。きっちりと僅差で勝利するようになるにはまだ時間かかるだろーなぁ。午後は懐かしい北大グランドで、OBが集まりサッカー大会。やはり、若手OBが中心になるか、お互いパスの受けどころ、走る速さが全く違うので試合にわならなかった。半分くらいやってつまらないので、銭湯に行ってきた。そして、式典の夕方の部、懇親会は17時より中央食堂にて実施した。これも1万の会費にはあまりに貧弱なつまみと酒の量、そしてツマラナイスピーチと、どれをとっても北大らしさがあふれていた。これだからツマラナイ大学サッカーライフだったんだよなー。懇親会後はいつもの大ちゃんに同期で集まり宴会。でも偶然他の若手OBも集まっており、最後の大宴会となった。宴会後は今回も大沢んちに行き、着いたら1時近く、奥さんに線香をあげてからすぐに寝た。

7日(日) ニセコ温泉&登山初日

 朝は久々に8時まで寝ていた。これまでの遠距離トレックとOB戦、宴会の疲れが出たようだ。今日からは100年祭と別れ、奥さんとのニセコ旅行だ。まずは恵庭までレンタカーにて向い、お土産用の海鮮を購入し、発送。そして、支笏湖東岸の支笏湖温泉のリゾートスパ水の詩にて温泉&ランチバイキング。ここは地元の人に人気だそうだが、ランチは清楚で料理法は上手いが、特に目新しいものはなかった。風呂は綺麗で空いてる、湯室は弱アルカリの単純炭酸水素ナトリウム泉だ。スッキリ目のお湯だが特徴はない。まずは温泉1件目。次は支笏湖南岸を進み、ニセコ昆布温泉に向った。宿泊先はニセコ昆布温泉甘露の森、多分歴史の浅いホテルだろう、施設的には文句はないし、料理もよくできたセンスの良いものだったが、従業員の教育がちと甘すぎる。そうは言っても同クラスのホテルに比べ圧倒的な安さなので問題はない。湯質は 含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物・ 炭酸水素塩温泉(硫化水素型) (低張性中性高温泉) 。カルシウム成分があり、噴出口からも距離があり、湯はこなれていて、硫黄も入ってくるのでずっと効きのいい温泉らしいお湯だ。特に肩を痛めた俺には最高だった。 ただ、自慢の露天風呂は修理中で使用不可。その代わりに3ホテルの共通券が貰え、自由に他の2ホテルの温泉に浸かることができる。なので早速夕食前にまずは近くのホテルのニセコアンヌプリ温泉湯心亭に徒歩で行ってみた。ここは、宿泊先の甘露の森と同じ湯質だった。それでも露天風呂が使えたので広々とのんびり運転の疲れを癒すことができた。もう一軒はさすがに三軒の温泉に入ったばかりなので明日にすることにした。

8日(月) ニセコ温泉&登山二日目

 さて、4連休も最終日となった。朝食バイキンを食べたあとは、奥さんの意向に沿い、イワオノプリ登山となった。今回はカジュアルシューズしかなかったので、少し不安はあったが、往復3時間との事なので行ってみた。登山口はニセコ五色温泉のすぐ近くだった。登山口でも硫黄のにおいがする。登り始めは長い急登階段や登山道が狭く、草木の露にぬれる、クマ出没の看板に迫力があるなど、引き返しを考えたが、30分もすると快適な登山道になる。また、山頂もくっきり見えるので左からの稜線はすごく気持ちよさそうで、こりゃさすが奥さん良い山見つけたななど思っていたが、なんと奥さんのシューズのソールの溝が剥がれ落ちた。さすがカジュアルシューズ、登山には使えないんだな。ってことで頂上をまじかにして、引き返すことにした。下山後は五色温泉に入ることにした。ここは噴出孔の近くなのでお湯に力があり荒い、これは若い時には好きだったが、年取った今の体には刺激が強すぎる。成分は甘露の湯と同様だがやはり硫黄成分は多く含まれる。あまり長くゆっくり入るお湯ではないようだ。さて、空港に向かうにはまだ早いのでもう一度昆布温泉にもどり、最後の一軒ニセコ温泉いこいの湯宿いろはに入った。ここもやはり昆布温泉と同様の湯質だが、露天風呂のスケールが大きく、掃除終了直後だったせいかものすごく清潔感のある風呂だった。さて、空港に向け出発したが昼食後はラーメンを食べておこうとの話となり千歳のラーメン屋に向い閉店前に着いたがなんと本日麺完売のため閉店との事。しかたないので空港で食べた。さて、この二日間で5軒の温泉に入ってきた。でも何か満足感はない。理由は、山頂手前で引き返した登山、混浴露天風呂がなくなっていた五色温泉、地元のうまいラーメン屋に入れなかった。この三点に尽きる。成田到着後電車の遅れなどもあり、帰宅したのは12時過ぎ、さすがに翌日の出勤は午後からにした。

13日(土) 

 さて、3,5日出勤でほろ苦い思いを継続しながら仕事を進めてきた今週もなんとかけりをつけて終了。今朝はやはり3時に目が覚め休日がうれしく眠れない。映画など日本見てやっと眠くなったがもう6時だった。外は雨、7-9時の鵜ノ木クレイコートでのテニスはコート使用不可だった。なので、朝食後は3人の子供たちを連れ、電車に乗って所沢まで行き遊んできた。散々電車で騒いだ後は、エミテラス1Fで電車の置物にしがみつかせ、2Fの光のステージで全力疾走させ、1Fの人工芝でかけっこの競争をさせ、それでもまだ元気だったのでジュースを与えて電車に乗せて帰ってきた。激闘のせいか、俺のサンダルの片足のソールは剥がれてしまった。帰宅後は昼食後少し寝てから美杉台公園にて14-15時テニス。リハビリは順調に進んでいる。もとに近づいているだけだが、今月の回復ぶりは目に見えて凄い。さて、明日は桃太郎とリハビリだ。

14日(日) 

 やっぱり3時に目が覚める。なんとか6時までテレビでやり過ごすと上からごそごそと音が聞こえ、そうたが降りてきた。誰も起こさなくても、一人で起きてサッカーしにやってきた。今日はそうたのサッカースクールの練習は午前の九時からだったので急いで公園に行き、サイド、インステップ、ランパス、トラップ、ミニゲームとこなしてきた。午後は桃太郎がリハビリの手伝いをしてくれる日で、15-17時鵜ノ木のクレーコートでテニスをする予定だった。今朝は前夜の雨で午前中コートの利用で着なかったので心配になり、午後の状況はどうかと管理室に聞くと、やはり午後も難しそうだとの事だった。なので、急いで桃太郎に連絡し、明日月曜日のコート取っておくから今日は泊まりで飲みに来いといったが、宿泊すると体調崩すから今回は中止にするという返事が返ってきた。なので、夕方から家族7人でバーベキューをやり、ゆうちゃんには勝利の連鎖(全国のトップレベルの先取がいれば、他の選手はトップレレベルを知ることになるので、自信がつき、競った試合に負けない)について話してみた。そうたも俺を知っていることで自信がつけばこの理論は実証されることになる。ちなみに、児玉中学はサッカーだけでなく、バレー、バスケットで全国トップレベルになった。熊谷高校は、俺の先輩と俺の入部により、関東大会に出場した。北大は俺、松沢、遠藤、湯山など全国を知るレベルのメンバーの相乗効果で遠藤の時代にインカレ出場。これが勝利の連鎖の法則。

15日(月) 

 夜雨が降ったという奥さんの話があり、今朝も気になって鵜ノ木コートに連絡したら、なんと今日も鵜ノ木コートは使用不可との事だった。昨日桃太郎の判断は正解だったな。泊まって酒飲むだけだと、わざわざ千葉から来る価値はないからなぁ。今日もリハビリテニスを諦めかけたら奥さんが人工芝のコートの空き新狭山公園9-11時を探し出してくれた。これでほっとしていると、そうた、シンタが降りてきてサッカーしたいとの事だった。時間に余裕あったので二人を連れ、今日も稲荷山公園に行った。そうたのドリブルは鋭くなり、しんたはまっすぐに蹴れるようになっていた。やはり子供は成長が早いよねぇー。8時半に朝食を済ませて新狭山公園に出発、雨と全く関係ない人工芝コートにて炎天下に時間ばっちりリハビリテニスを実施した。今日はフォアハンドで少しだけ速めのボールを打てるようになってきた。でも、相変わらず、ステップは鈍いし、構えも遅い、振りも遅かった。ボレー、スマッシュ、サーブはまだ話にならない。なんとか来春には試合出れるように復帰させねば。昼はプリマベーラというイタリアレストランに行ってみた。ピザを食べたが、生地のパリパリ感と具材のマッチが最高のお店だった。

20日(土) 

 さて、4連休の始まりだ。今朝はt話やら平日の疲れと夜更かしのせいか、久しぶりに6時過ぎまで寝ていた。起きると雨だった。さすが奥さん、昨夜のうちに7-9時の鵜ノ木から15-17時の新狭山公園に変更しておいてよかった。なので、朝食後はhungからの調査依頼をこなし、少しだけしんた、さくたのめんどうをみ、ゆったりと過ごし、昼食後は14時過ぎに新狭山公園に向った。今日のテニスは更に技術の戻りが進歩した。まだ足元への伸びのある球には対応できないが、なんとか強いストロークも打てるようになってきた。それと、ボレーもまずまず、さすがにサーブ、スマッシュは早く降ることはできないが、緩いボールを返せるようになってきた。元の状態に戻しているだけだが、こうゆう風に前進していくって楽しいね。

21日(日) 

 昨日の奥さんとの練習で右肩が痛いがただの筋肉痛かも、それにしても昨夜は酒を飲まなかったせいか、12時に奥さんの物音で起こされそのまま上手く寝れなかった。それでも今日は半年ぶりのテニスオフで、航空公園ダブルス6時半-8時半だった。綺麗な航空公園も久しぶりだった。5:46の電車に乗り、ダブルステニスを二時間やってきた。メンバーに太った女性一人と主催者も上手くなかったせいもありなんとかこなすことができた。それでもダブるフォールトは2本、スマッシュは2本ミスった。10時前に帰宅し、明日の金峰山登山の準備と昼寝をして、夜に大弛峠にて車中泊予定。

22日(月) 金峰山

 葛城には大弛峠から平日に登るべきと忠告を受けていた金峰山。月曜日を年休にし、登山することにした。土日とテニスリハビリだったので少し余裕を持ち、テニス後登山口に車中泊をして大混雑予想の駐車場の確保を狙った。21時についてが、25台容量の駐車場には数台程度、なんだ考えすぎかと思って酒を飲んで夕飯を喰い朝まで寝た。翌朝目を覚ますと、まだ陽も登ってないうちから駐車場は満車だった。車中泊は正解だった。まあ、2600mの金華山の登山口は2300m。自動車で来れる公道では日本一の高度だ。おまけにこの山は三つの特徴、白樺と美しい苔、立ち枯れの木々の間からの360度絶景、適度に楽しい岩場、そしてなんとっても山頂付近にそびえ立つ大きくて神々しい一枚岩の五丈岩、これらで特に女性に人気の登山道だ。6時半にスタートして昼食はもちろん五丈岩をじっくりみながら取り、12時に登山口に戻った。それにしても写真では表現できない五丈岩の貫禄。こういった景色に圧倒され昔の人々はそれぞれの山や岩や大樹に神の存在を確信したんだろうなぁ。登山後はやはり温泉だ。今回はふもとの町で比較的評価の高いはやぶさ温泉。塩山町のはずれの河原の高台にある温泉だ。ここは、歴史はあまりかんじられないが、香ばしい硫黄臭のあるメタホウケイ酸の湯質だった。アルカリなので角質を溶かして綺麗にしてくれる。こちらも女性に人気の温泉だった。露天風呂も広めで自然の中、ゆったりと入れる。二時間で700円と値段も納得の所だった。気持ちよく温泉に浸かったあとは、復路も奥多摩を通って帰宅。疲れて荷物を片付けて、酒を飲んでくつろいでいるとゆきの親子がやってきた。こうなるともう手が付けられない。俺は疲れて21時に就寝。

23日(火) 

 朝はやっぱり4時前に目が覚める。しばらくすると二階で子供たちの大騒ぎの音が聞こえてくる。朝寝をしたい親もいるのでなんとか静かに散歩に連れ出そうとしたが、5時半の出発まだに、やっぱり着替えだのトイレだのでみんなを起こしてしまったようだ。孫5人を連れ公園へ。サッカーを教えようとしたが、3,4,5,6,7歳の子供には当然管理は無理だ。なので、サッカーもこの年齢差を一緒にやらせるのは無理だった。なので、滑り台やジャングルジムのある場所に連れて行くと、3-5歳児は大喜びだった。ここで長く時間を稼ぐことができた。途中でゆきのがやってきたこともあり、なんとか8時頃まで時間を稼ぐことができた。朝食後はさやか、そうたはサッカー、残りのメンバーはお参りに行くことになった。お寺でははるきとしんたが一応のお彼岸ルールを身に着けたようだ。これで俺も安心して墓に入れる。お寺の次は、以前もいったことのある花園インタ-近くのローズガーデンだ。ここのパンは人気で遊具のある公園と連接するのが子供に受ける場所だ。ここで発散した子供たちはなんとか我慢できる程度の騒ぎ具合で自宅に戻ることができた。

27日(土) 

 今週は水曜日からの3日勤務、あっという間の勤務だった。それでも最近は連休の後、眠いし頭がボーっとするし、仕事の進みが遅い。もっと効率的に進められないとあとあと長い年休消化に支障がでるので改善したい。さて、健康診断結果が帰ってきたが、思った以上に尿酸値、コレステロール類の数値が上がってる。やはり、薬止めたせいなのか。一度食事制限で数値下るか試してみたいな。今日は桃太郎を呼んで鵜ノ木コートで11-13時俺のリハビリテニスと桃太郎のテニスレッスンを兼ねて二人でやってみた。まあ初戦素人の桃太郎だが十分にストロークは打てるし、サーブもしたからだが一発で入ってくる。二時間アットいう間に過ぎて行った。そのあとは13:30よりお決まりの宴会だ。うちに戻り、桃太郎が4本も持ってきた最高の酒を飲み始めたが、なんと桃太郎はビール好き。いっさい持参の酒には手を出さずに俺だけ魔王をさんざん飲んだ。一般的な話から酔うごとに俺は政治の話に向かった。それを受け、黙ってうなずくわけでもなく反論しながら話してたなぁ。でも、それ以降の記憶はまったくない。また、いつもの不快感を味合わせちゃったかな。

28日(日) 

 大きな二日酔いもなく、6時に起きた。朝食後は、北大OBサッカーのため8時の電車に乗った。本日は紅白戦+BBQということで、11-13時でサッカー、14:30-17時でBBQ、場所は金沢は八景海の公園だ。ここは天然芝なのでいいが、少し凸凹がある。怪我もなく、体力も持ち、ボールタッチも少しづつ戻ってきた。そのあとは30人程度で海辺の公園にて散々のんだ。よく3000円会費でこれだけの肉と酒がそろったもんだ。今日も旨いイモ焼酎だ。二日続けての濃い酒はきつい。なので、終了後は誘われる前に駅に向かい、20時過ぎには家にもどることができた。