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日記2014年8月

 

 

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                              今月の一枚

ベトナム伝統芸能王宮系tuong

最近は、週に一度は旧市街の20$クラスのホテルに泊まり、夜歩きを楽しめる余裕が出てきた。やっぱり、サンダル履きでこの暑苦しいじっとりとした人だかりの場所を探索するのはいいもんだ。でもやっぱり、舗装は悪いので道路のいたるところに穴が開いている。知らずに足を突っ込むと汚水の匂いがなかなか取れない。また、要所要所にあるゴミ箱リアカーは近くを通る時、息を止めるのを忘れると大変だ。しばらく食欲がなくなる。こんどの夜歩きでは、民衆系のCHEO劇を見に行ってみよう。でも、みんなうちのスタッフも退屈で行く気がないし、プログラムさえわかんないだよな。

 

 

 

31日(日) 

 一般の独立記念日4連休の2日目は、俺も会社を休み。まずは朝テニスで汗を流す。その後はハノイに出て、ミーディンのちかくにある民族博物館にいってきた。ここは長い時間を楽しめる。ベトナムにしてはなかなかの博物館だった。その後はマッサ。そして、マレーシア帰りの機内でフランス大使館勤めの女性が紹介してくれたビストロブティックにいって来た。旧市街での宿泊も考えたが明日は仕事なのでとりあえず自宅に戻る。でも、一日フルに遊んだ。左写真は、博物館建物。玄関を入ると右写真の民族の東南アジア分布図。なんと、ベトナムのキン族は、カンボジア、ラオスのクメール系民族と同一なんだ。ベトナムは北部は中国系、南部はクメール系と思っていたんだけど。キン族は、マレーシア南部、シンガポールへと飛び火している。そして、やっぱりミャンマーは、中国系の民族だ。青海省からの移住が現在のビルマ族の起源だ。そして、タイは、インド系。それ以南は、10世紀まで歴史の記述のない南アジアの原住民だ。

下写真は、中部に住むタイ族の特別展示室。わずか前世紀半ばの新しい写真だが彼らは裸族だったんだ。それにしてもやっぱりベトナムの女性はたくましい。咥えタバコでみんな仕事している。ベトナム少数民族の家長は、女性というところが多い。

下左写真は、ベトナムのマジョリティー、キン族のもの。昔から二輪車にいっぱい荷物をくくりつけて運ぶのが得意だったんだ。後は、少数民族の民芸品の紹介へと続く。山岳地帯の少数民族は、どれもカラフルで綺麗な衣装を身に着けている。

左写真は、成人式の儀式。こうして大人の責任感を身に着けていく。

そして、別棟は、東南アジア館。各国の生活品や民芸品が展示されている。ここもなかなかだ。でも、一階だけ。立派な二階三階は、何に使われているんだろう。

屋外は、各少数民族の典型的な住居を再現したもの。竹の床は弾力性があり、高床式なのでなかなかスリリングだ。でも、室外の気温とは打って変わり、室内の温度は下がりすごしやすい。いろいろ考えて材料を選び、デザインしてるんだね。このあたりで、あー、ここは一度来たことがあると気づいた。赴任早々、当時の同僚Mさんと、会社の女子スタッフとその友達とでここに着たんだ。当時は英語もよく理解できなかったし、兎に角暑さが大変でほとんどなにも覚えてなかったんんだ。まあ、これからベトナムって時に、少数民族うんぬんは、俺にはきつかったかもしれないな。

特設会場では、水上人形劇をやっていた。古くからの民芸だが、今で観客は多く、笑い、はらはらしている。多分語りは現代的なんだろう。横からも見れたので、操っている人達の苦労も知ることがっできた。右写真は、ある部族の倉庫かな。しかし、元気のいい彫刻だ。この手は日本の温泉にも見られるが、いったいどんな目的なんだろ。

バンスワンでマッサージ後、マレーシアからの帰国便で同席したフランス女性に教えてもらったレストランへ行って見た。セットメニューは、なんと1000円以下。その3倍以上のワインを1階で購入し、飲んだのでそれほど安くはならなかったが・・・でも、本場のフランス料理のわりに安い。

 

30日(土) 

 今日は久々に一日出勤の土曜日。明日からはベトナムの独立記念日を含んだ3連休だ。中秋の月餅と牛乳が配布され、うれしそうに帰宅していた。でも、一方日本人が出張できていてあまり多く休むわけにはいかない。まあ、どうせどこの観光地に行ってもいっぱいだ。おとなしく会社にでも出てゆっくりしていよう。。

28日(金) 

 近くのビアホイの経営者だったLさんがどうしてもというので、一緒に山羊料理の店に行って飲んできた。ここの料理はいい。本場ニンビンの料理より旨いくらいだ。途中友達の女性を呼んでくれたがまったく会話が成立しない。やはり、外国人との会話に慣れていないんだ。もう、たっぷり飲んで食べた後だったので、そこでお開きに。やっぱりコミュニケーションできないのは辛い。した写真の中央の野菜は旨い。今度は重点的に注文しよう。

24日(土) 三日目

 やはり、ソフィテルのフレンチは旨い。チーズ、パン、チョコ、鴨肉とどれをとっても一流品だ。おまけにシャンパンらしきものまで、朝食バイキングに置いてある、これだけのサービスなら価格も納得だ。午前は昨日の世界遺産の残り半分を歩いて回り、午後タイパ島に移動し、ギャラクシー、ベネチアンとラスベガス系の大型エンターテイメントホテルを探索、ギャンブルし、最後は5時からこの旅行のメイン、ウォーターダンシングショーを見た。このショーはこりゃすげーって感じのもの。ラブロマンスあり、光と水の美しい演出あり、上海雑技団なみのアクロバットありと、これでもかと楽しませてくれた。少し感激したほどだ。しかし、ホテルもカジノも劇場も何でこんなにクーラー効かすのかね。設定は20℃以下だろーな。外は暑いので、よほどきるものを用意しておかないと風邪を引く。これが中国人のおもてなしってやつなのかな。酒もしつこいくらいに勧められるし、これと何か関係がありそうだな。ハノイに戻った翌日、香港に8年間滞在していた人と話したが、香港人は中国人と一緒にされるのを嫌うという。でも、今は街を歩いているのはほとんど中国人となり、一昔前と打って変わってしまったようだ。下写真んは、世界遺産探索コースの南半分、セナド広場の道路の反対側だ。暑い日だったけど、散歩にはもってこいの環境だ。近代的なホテル街とこういった古い町並みのコントラストがいい。下町の道路脇の店で買ったポロシャツは一つ300円だった。センスもなかなか香港人向けかな。

ホテルで休憩後、バスでフェリーポート経由でタイパ島へ移動した。まずは、ギャラクシー。豪華だ。

フロント付近の噴水ショー、これは30分置きにやってるそうだ。これはただの割には凄いよ。しかし、フロントの背の高い案内係りのおねーさんは、みんな美人ぞろいだった。右写真は、ベネチアン。これはホテルの中で空は書きもの。歩くと上の空が早く移動するんで、強風の中を歩いているような気分になる。こちらも、ギャラクシー同様に広い。おまけにカジノも含め中が複雑な経路になっているので、一体どこを歩いているのかが良くわからない。

やっとお目当てのシティーオフドリームにつき、劇場へ。この幽霊船が水中から浮上し、海賊たちがマストから飛び降りる。最初に圧倒されてしまう。派手なアクションもあるが、しっかりとした人間がやるダンスもある。このショーの出演者は100人くらいになるんじゃないかな。

サーカスの空中ブランコ的なものもある。でもすべてが華麗でロマンチックだった。ショーを見た後はまたホテル近くに戻り、ポルトガル料理のお店に入った。しゃれた料理だったが、いっぱいテキーラ飲んじゃったので、二人で8000円ほどの高いディナーになってしまった。でも旨かった。

翌日は9時にチェックアウトし、香港空港直通フェリーにて移動。さらば香港・マカオ。又来てもいいな。

23日(土) 二日目

 何ヶ月かぶりに7時まで寝て、午前は香港探索と奥さんの宝石購入。九龍川かららの香港島の高層ビル群の眺めは素晴らしい。やっぱり、島の自然とビルのデザインの調和がいいからだろう。しかし、この街に住んでる人は幸せだね。でもそれだけに物価は高いな。宝石も高かった・・・。午後はフェリーにてマカオに移動。今回は銀婚式のお祝いもあるので、高いソフィテルポンテにした。これは値段に見合う、いやそれ以上の価値のあるホテルだった。朝食はホテル近くの中華料理店にて。ここはチェーン店風だが、味はしっかりしている。薄味なのがいい。右写真は、街のど真ん中にある九龍公園。こんな立派な公園がこの地価の高い中心地にあるなんてびっくりだ。

 

九龍公園のすぐ南はブランド品街。バブル期にはこういったところに若い女性が買い物に来たんだろうな。しかし、今は西洋人の比率は低くなってると思う。中国人自体が金持になってるからな。このブランド街の更に南は海岸沿いの公園だ。ここからの香港島の景色は凄くいい。夜景もここからのほうがむしろいいんじゃないかな。この後は北上し、宝石点街へ行き買い物。今は免税店が多く建設されたため、もともとの有名な宝石店はぱっとしない。結局俺たちも免税店に移動し、ティファニーで購入することになった。

午後は、フェリーにてハノイへ。乗船時間はきっかり一時間だが、チケット購入、通関などを入れるとやはり二時間は見ておく必要がある。でも、手続きの場所ややり方は比較的わかりやすく、スムーズだ。やっぱり、巨大観光地だ。下写真は、マカオの世界遺産見学ルートの一部。セナド広場から有名な教会遺跡へと探索コースの約半分。土曜日のためかかなりの人ごみだった。でも、これほんとに世界遺産か?

 

22日(金) 初日

 今日から会社休んで3泊で香港・マカオ。古くからのツアーの定番といった感じのある場所なので、あまり期待はしていなかったが、やっぱり人気の観光地だ。都会的なもの、綺麗な景色、世界遺産、美術、そして食と、バランスよくすべてを楽しめる観光地だ。空港からはexpress にて2駅、24分で九龍駅に着く。そこから無料シャトルバスにてホテルへ。しかし、便利な交通インフラだ。地下鉄もトラムもタクシーも一枚のオクトバスカードですべて利用可。これほんとに中国か?まずは地下鉄で香港島に行って見た。ここは洗練された都市だ。こんな綺麗な高層ビルが密集している。オフィスから住宅街への長距離エスカレーターの道筋では、センスのいいbarが並んでいる。これなら仕事も楽しみにいけるよね。歩きつかれたので、屋根なし二階建て観光バスに変えた。古い町並みと新しい高層ビルのコントラストはなんともいえなくいい。

別バスにてビクトリアピークの乗り口まで行ったが、2時間待ちとの様子なので、違法タクシーにて3600円でピークに移動した。帰りは600円くらいだったので、6倍もボリやがった。このあたりは中国が生きている。夜景はきれいだが、まあ20分見ればもういいや。下におりて、トラムに乗り、香港島を回覧した。しかし、旨そうな中華料理屋が並んでる。

11時頃、九龍に移動し、男人街に移動して海鮮を食べた。どこでも海鮮は高いよねー。昔はどの料理屋も繊細な味付けだったが、今は高級料理屋じゃないと、良い料理人はいないんだローな。高くで味が大雑把だ。ホテルに戻ったのは12時過ぎ。しかし初日から良く遊んだなー。明日から体持つかな?

 

20日(水) 

 しかし、ベトナムのみんも成長したもんだなー。これなら俺いなくとも問題ないね。後は新規品の開発だけだな。さて、明日は仕事後ハノイに行き、一泊して香港だ。少し今日は疲れがでてるけど、大丈夫かな。明日キツイようなら、泊まりに行くのはやめよう。

19日(火) 

 今日は始めての改善発表会。事務局、プレゼン側ともよくやってくれた。こりゃ来年あたりは、日本の本社の大会に出れるかもね。さて、今週の金曜日は、もう出発日だ。どんな楽しいことが待ってるかな。

17日(日) クアンタン出張

 14日から昨日の16日までs社のK氏とエンジニアのtと三人でマレーシアのクアンタンにあるl社の見学に行ってきた。さすが、フランスの大手化学のr社の技術とオーストラリアの鉱山会社の手を組んだ工場は、非常に規模がでかい。自動の大量生産用プロセスだ。これは学ぶべき点が多かった。経営陣は、r社の出向者とl社出身の人間だが、工場の運営はすでにマレーシア人にまかされていた。マレーシア人も優秀な人間はいるもんだ。でも金曜日に見学にいったら、午後急に製造責任者もスタッフもいなくなった。どうしてって聞いたら、金曜日は本来イスラムの休日でお祈りにモスクに出向くため、工場から人がいなくなったとの事。大変な工場だ。しかし、この工場は環境と安全によく留意している。まあ、住民運動が大変だったからなー。初日はkLへの移動だけ、ホテルはconcorde。これはいいホテルだ。3部屋あるところには初めて泊まった。ちなみに左写真の右上付近のledライトだが、これは各国のタイプのコンセントが取り揃えてある。ベトナム製のもOK。これは初めてだ。さすがスウィートルーム。俺結婚式以来だよな。チェックイン後はs社KL支店のk氏とs氏と我々の4人で9時よりマレーシアチャイニーズ料理店にて食事。これはうまかった。楽しかったので、時間の過ぎるのも早く、気付いた時にはすでに12時を回っていた。

翌日は、いろいろな面で悲劇のマレーシア空港でクアンタンへ。k氏の話では、ウクライナ上空は各国の航空会社は回避していたが、マレーシア空港はルート変更しておらず事故にあったとのこと。左写真は、現地l社の工場、煙突の廃棄ガス濃度はリアルタイムで監視、公表している。凄い自身だ。敷地は100haで、中には市水の巨大な貯水池がある。右写真は工場内のキャンティーン出の昼食。やはり、マレー料理はなかなか旨い。コタキナバルで食べたのは何かの間違いだったようだ。(その割には何軒かまずかった)

ここは、綺麗なビーチの観光地なので、夕食はこれまたみんなでマレーシアの海鮮料理。海老・蟹・魚と注文したのでヘルシーで旨かったが、かなり高額になっているはずだ。東海岸はkLに比べ、あまりインド系の凄いきれいでスタイルのいい女性はいないようだ。でも、東洋系のかわいらしい女性が多い。右写真は、翌日の日の出前のホテルのプライベートビーチ。7時近くの日の出前だが、美しい。イスラムのカップルがたくさんビーチに寝転んでいた。でも、あの格好じゃ暑いだろーな。

ほんとに俺個人のビーチのようだ。波打ち際の足跡はおれのものだけ。海水温度も冷たくなく、非常に快適なビーチだ。

朝食もまめやカレーを生かしたマレー料理がたくさんならんでいる。ここの野菜は煮崩れしない。味が濃くてうまい。

街の旧市街は過ごし易そうだ。各建物の屋根には完成年が大きく刻まれている。もっとも古いビルは日本人が建てたもののようだ。日本語の看板も多く、多分日本人も住んでいるんだう。

このタワーは兎に角立派って感じ。先頭部分は、パゴダを感じさせる東洋的な丸いつくりだ。また、横に走る筋も効果的にアジアを感じさせる。見ていて魅力的なツインタワーだった。しかし、KLは素晴らしい都会だ。建物インフラ人とも洗練されている。右写真はKLツインタワー内のショッピングモール。イスラムの彼女たちはいったいどんなものを買いに来るんだロー。何もおしゃれできる部分がないように見えるけど。でも、このベールから覗く目は非常に深く魅力的っだ。

タワーに登ってみた。上では世界各国のタワーが高さ表示の順に20程並んでいる。日本の浅草タワーが世界で一番高いらしい。600メーター以上あるんだね。展望フロアーから一望するKL付近はこれからまだまだ開発が進んでいるようだ。きっとシンガポール並みの都市に10年ほどで変化していくだろう。

13日(水)

 昨日は、工場の大勢のエンジニアといっしょに、新規導入予定の設備の見学のため、はるばるvinh yenという、ハノイの西に三、、四十キロ所にあるvinh yen という田舎町に行って来た。こっち方面は、最初の工場予定地のphu toに近いのでやはり何度も通った道だ。聞くところによると、近くの山岳地帯には避暑地らしいところもできたそうだ、道路も整備されて快適に移動ができる。すずしそうだし、こっちに工場を決めときゃよかったかな。工場から延々2時間以上かけてやってきたところ、これは導入設備のメーカーでなく、導入設備を納めたばっかかりの別の会社だった。しかたなく、ここでこの設備を使わせてもらうことにした。どうも、両者ともマレーシア企業であり、仲もよくこうゆう経緯にいたったらしい。社長もマレーシア人なので、あさってマレーシアに行く予定だと話すと喜んでくれた。相手先にざんぎょうさせてこちらの目的を果たしたが、申し訳ないのでハノイに食事に誘った。でも、このマレーシア人たちは工場に住んでいるそうだ。アジア人はこうゆうパターンが多いそうだ。そこで、近所のレストランにて会食し、みんなでハノイに戻った。俺のほうは、前日に被せ物が取れていたので翌日の朝歯医者を予約していたのでハノイにホテルを取った。場所はカラオケのちかくのA25.20jの値段だ。当然しばらくご無沙汰していて、借りのあるような気分にさせられるカラオケsに一時間半ばかり遊びにいった。でも、ボトルがない、しょうがなく焼酎ボトルをいれたが、料金を見てびっくり。こりゃウィスキーより高いんだ。しかし、最近週二回くらいのペースでハノイに泊まってルナー。明日からはマレーシアだ。

10日(日) 

 土曜日は、仕事後気晴らしに旧市街のホテルに宿泊した。翌朝はロンビエン橋、ホーチミン廟と博物館、そしてタンロン公園へと徒歩であるいた。暑かったので、さて帰ろうかというときに、日本人旅行者より声をかけられ、夜はビアホイと食事。久々に思いっきり遊びまくった週末になった。今回は少し贅沢して、ホアンキエムの北東位置にあるindochina legend2 というホテルに22$で宿泊した。このホテルは、サービス、施設ともに50$クラスのホテルと変わらない。しかも、場所が非常にいい。旧市街の東にあり、このあたりは、西洋人が非常に多く、バーやカフェなどしゃれた店が多いし、おみやげ物も目先の新しい変わったものが多かった。レストランは、ローカル、フエ料理、西洋料理となんでもありで、しかも綺麗だ。下左写真は、海鮮料理の店。貝の種類も多く、安くてうまそうだ。でも、あたったらこわいだろーな。右写真は、旧市街の狭い路地。雰囲気が凄くいい。

楽しく旧市街を歩き回った後は、人だかりの多かった左写真のお店。一見おでんのようだ。でも良く見るとその下にもち米ライスとそぼろがあり、カロリーは高そうだ。値段も1杯250円と高めの料理だった。でも写真にあるように、店先では、このおかずを買って帰ろうと多くの人が行列を作っていた。味はまあまあだ。夜はあまり飲み食いすると大変なんで、夜の酒はこの1本のビールだけにしておいた。

朝は6時に起き、ロンビエン橋の探索に出かけた。しかし、古い、そしてさびている。中央は、電車その隣がバイクや自転車。そして、一番端っこの狭いコンクリートボードの上を歩いていく。このボード一枚で体重を支えるんだが、地面はボードの隙間から見えるし、なんの補強もない。ボードが割れないのを祈るのみだ。怖くなってバイク通路に下りると、バイクが凄いスピードで2列で通りすぎていく。バイク道と歩道を行ったり来たりするはめになった。10分ほどあるき、川の中州の上辺りに来ると、下に下りる階段がついている。ヌーディストビーチ(?)があるとの情報もあるので、降りてみた。

細い畑道が続いており、反対方向からは海パン姿のおじさんがランニングしてくる。これはうわさは本当かもって思ったが、何しろ狭い道でこの近所にはコブラ料理専門の村がある。毒蛇にでもかまれようもんなら大変なので、あきらめて帰って来た。このあたりは、船上生活者もおおいようだ。おもしろい形の船が数多く浮いていた。

朝食後は、一休みして、ホーチミン廟へこれまた歩いていった。もう、四年半もいるのにハノイの代表的なこの観光地にはきたことがなかった。しかし、ホーチミン廟の石材は、気品があるいいものを使ってるね。どこで取れたどんな石なんだローな。ただ両サイドの看板の色彩とは圧倒的に合わないな。デザイナーが可愛そうだ。しかも、今日も遺体が安置されているこの建物への入場は不可だ。何の前触れもなくやるから評判わるいんだよなー。誰のための施設なのかもう少し考えたらいいんだけど。次は、これまた有名な一柱寺。これは、見る価値ないねー。もう、一柱は昔のものじゃないし、妙な建築物になっちゃってる。池も汚かった。

そして、ホーチミン博物館へ。まずは、この3階の像から見学はスタートとなるが、レリーフや彫刻の展示がおおく、ホーチミンに関する展示物でこれといったものもない。ここも見る価値のないところだなーって思ってたら、最後のおみやげ物売り場の中でdan bau の実演をやっていた。この女性は非常にうまい。これを聞くだけでもここに見に来る価値はある。素晴らしい演奏だ。

truong nguyen coffee にて一服後は、更にタンロン記念公園に足を伸ばしてみた。ここも要人のお遊びでしばしば入場禁止にされるが、今日はやっていた。凄く暑い日で体力限界って感じに疲れていたが、やっぱりここは歩いていて気持ちがいい。南門の前では本格的な発掘作業が行われていた。

左写真のこの鐘はいつごろの製作なんだろーな。ベトナムではたいていベトナム語の説明だけなので、さっぱりわからない。建物の中で一休みしていると、日本人のかたですかと女性が声を掛けてきた。話していくと、K社の研究員だそうだ。k社の関連会社のF社とは建設当時から関連があったので、その担当者の名前を出すと、ああ、よく仕事で会うとのこと。やっぱり世の中狭い。日本人なら何らかの共通事項が見つかるね。ってなとで、疲れを癒すためにマッサージに行ったあと、彼女とビールを飲みに行くことにした。食事は、一緒に働いているk氏がホアンキエム湖が一望できる高そうなレストランでおごってくれることになった。ほんとに久しぶりにいい休日だった。

 

8日(金)

 金曜日だが、家に閉じこもってる。明日は仕事に行くし、体重も思った様には減っていないからな。みんな夜のハノイに繰り出しているんだローな。

6日(水)

 成果を上げた連中6人を連れ、ビアホイそしてローカルのカラオケにつれ行った。ビアホイはいつも通りだったけど、カラオケはセクシーな場所に変貌していた。なんだ、このエロさは?凄い。

5日(火)

 もう二週間近く続く目の充血が直らないので、病院に行ってきた。今回医療紹介機関に紹介されたのは、vinmecといって、times square にある高級な病院だ。診察は、女医さんが笑顔で結膜炎ですねと、言ってくれた。これくらいで病院にくるなんて、って思われたかな。しかし、この病院は前回来た時はそうでもなかったけど、高級志向に変わってきている。お医者さんも看護婦も事務員も対応が非常に良くなったし、なんと待合室では、バイオリンとギターの生演奏をやっていた。外国人からの苦情で経営見直しがあったのかもしれないね。数年前のハノイは入れ物が良くても中身は酷かったけど、今は両方とも充実してきている。途上国はみんな同じように先進化していくんだね。

4日(月)

 今日も比較的穏やかな月曜日だったが、やっぱりこの国の人達は環境に対する配慮が足りない。すぐにもれこぼれの結果が自分に返ってくるわけじゃないからね。今日もきずかなきゃもらしっぱなしの状態だ。解決するまで帰るなと言っておいたが、今頃どうしてるかなー。

3日(日)

 昨日の疲れのせいか、朝は起きれずテニスもランニングもなし。でも、やっぱり10時頃になると回復(他にやることないし)し、自転車で街の近所を小旅行。今回は、街に西の山岳地帯から流れ込む川の北側に沿って登って行った。予想以上にあつく、ドンバンとの分かれ道付近で休憩後戻ってきたが、なんとも田舎らいしいい旅行だった。下写真左は、川の北側に渡る橋付近の写真。やっぱり何か切なく、怪しい。どうしてこうゆう絵は魅力的なんだろう。そしてしばらく走るとこういった風景になる。川のこちら側の浅瀬では、水牛が数等で水遊びしていたが、理解するまでにしばらく時間がかかった。数が多いとなにかワニのようで不気味だ。しかしあの充実した筋肉はなんのためにあるんだ。草ばっかり食ってんのに。

思ったより暑かったので、雑貨屋で一休み。またいつもの様に中国人かとの質問だったので、うんざりしていると。いろいろ興味深そうに聞いてくる。しかし、このあたりまで来ると、まったく俺のベトナム語では通じない。日本人だよって事さえ無理だった。でも、お姉さん達綺麗だねってのは何故か通じた。どこの国でも女性は都合のいいことだけ耳に入るようにできてる。しかし、この歳でピースサインかよ。

先ほどの雑貨屋で街に戻ることにした。こういった川沿いの民家の小道を自転車で走るのは気持ちいい。街に戻り、最近オープンしたファーストフードの店に入ることにした。ここでは、娘を連れたお父さんより韓国人ですかって、英語で話しかけられた。なんでも、彼は環境省のお役人で週末に実家に戻っているとの事。日本にJICA関連で六ヵ月いたことがあるとのこと。水俣病も現地に行って勉強下との事で、チッソの名前も知っていた。環境化学のエキスパートだろう。環境省とは何度か会議をもってるのであったことがあるかもね。

 

2日(土)

 以前から勧められていた鳥の島見学とライチ狩り。あまり期待はしていなかったけれど、やっぱりだめだった。仕事後、宿泊用の準備を新しく日本で貰ったリュックにつめ、延々ハイズンの片田舎までバス旅行。ハノイからのバスは狭くて2時間半の長距離だったので、苦行に近い旅行となった。しかし、鳥の島にはさすがに多くの中型の鳥が住んでいる。それとも渡りの中継点かな。白鷺はわかるけど、後の鳥は日本では見たことのない鳥ばかり。湖に浮かぶ中島を船でぐるりと診て回るんだけど、このときの鳥の匂いの強さといったらこれ以上のものはないだろう。中島は葉っぱの色以外はすべて鳥の糞の色だ。それから、ライチ畑はなかったけれど、竜眼の路上販売を少し買い食べてみると、これは旨い。味が澄んでいてエグミがない。ライチがあればきっとおいしかっただろう。下左写真はハノイのロンビエン橋、橋を渡りgia lamにつくと、ハノイ東方(ハイズン、ハイフォン、ハロン)へのバス停だ。ここはハノイ市内じゃないせいか、比較的ゆったり、すっきりしている。バスは例の呼び込み式の中型バス。2席に3人がけってことはなかったが、なにしろシートは狭いし、堅い。この中型バスでの2時間半の旅行はしんどかった。隣がわかい女性ならなんとかしのげるんだけどねー。80kmほどの距離だが、料金は250円。やっぱりバスは安いねー。

時にハノイを出て、ここdao coについたのは4時半過ぎ。 想像通りひなびた感じの観光地だった。ここで船にのり、500円で中島を一周してもらう。

さんざんの鳥の数なんだけど、写真ではそう見えないね。なぜか小鳥はいなかった。島の観光を20分で終え、ハノイに戻る。バス停で待っていると、タクシーが前に止まり、ハノイに戻る途中だから、1250円で乗ってかない?と声を掛けられた。往路で十分尻が痛くなっていたので、これぞ渡りに船。即交渉はまとまり、快適な復路だった。ホンとはハイズンかハノイで泊まる予定でやって来たけど、なんか疲れた。それでハノイでは昔のアパート近くのビアホイで飲んで帰った。でも、このビアホイはタイガーの生ビールを出していてなかなか旨い。

8月1日(金)

 また週末は、お客さんとハノイでのみ、そのまま旧市街のホテルで泊まった。でも、少し違うのは今週は金曜日に家にいることだ。最近よく高い店に行く機会があるが、昨日のrenはなかなかの内容だった。店内インテリア、料理、酒とどれもそこそこじゃないか。そこでさんざん旨い冷酒を飲んだあと、旧市街の夜歩きでカフェに入り、チーズケーキと生クリームをたっぷり食べちゃった。そして10時にバンスワンにてマッサージ。今日は肩がこってるし、酔っ払ってたから、マッサージを受けた記憶がない。こりゃ明日の朝は体重計に乗るのが怖いな。写真はなかなかだった日本料理やのren。