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日記2012年9月

 

 

今月の一枚

牛肉など、高級食材は食べるが、普通のものは食べない近所のビアホイにいる猫。この猫もいつかは知らないうちにこのビアホイの食材になってるんだろーな。いなくなった時があやしいな。

 

 

 

 

26(水)

 帰省の荷造り終えてホッと一息。今ビアホイから帰ってきた。なぜか今朝から体がだるい。最近多いんだけど、休暇前の気を抜いた時、体の調子が悪くなるんだよなー。明日は大丈夫かな?

25(火)

 これで、三回目のドリアンメインの食事。昨日の写真と違うのはサトウキビがついてるところ。この量で40円。あんまり打べた事のない人に紹介したい。この透明感のあるほのかな絹のような甘さは、日本では味会えないと思う。ぜひ試してみてほしい。沖縄のサトウキビはもっと甘さがきつかったような気がする。やっぱ本場南国のサトウキビは旨い。ただ、この棒状のものにガブリとかぶりつき、汁を吸いとってから、ペッと繊維を吐きだす。これは、日本人特に女性には無理かもしれないね。今日は誕生日なのに、誰も誘ってくれなかった。日記始めて1年たったんだなー。

24(月)

 今日も怒涛のトラブル続き、ぐったりして家に帰り夕食は何にしようかと思ったが外食も飽きてきた。なにか変ったものないかなと市場に行くと、ドリアンが山積みになっていた。露天のおばちゃんなので、ほとんど言葉も通じず、4,5kgの奴を買ってきた。1kg160円だった。これじゃハノイより高いじゃないか。しかも、この量は、3食でも終わらせられない。でも、今日は冷静に2切れ皿の上に乗せ、パンと一緒に乗っけてみたら、以外に綺麗で食欲わいた。食べなきゃいけないという義務感を捨てあまったら捨てりゃいいさと気楽に食べてみたら、発見。ドリアンの場合、種に接してる部分は品のある味で飽きない、皮に接してる部分は、ワイルドな味と香りで面白い。しかし、皮のトゲトゲと独特な匂いは、何のためなんだろーね。

 

23(日)

 バス小旅行。暇だったのでハノイの旧市街まで買い物に行ってきました。行きは、何回か乗った中型バス。今回は目的地に素直にいけたけど、満席で一番後ろに乗せられ、なんせクッションがないに等しいバスだもんだから、道路の凹凸のたびに脊椎捻挫するほどのショックだった。旧市街につき、お土産物屋に。なぜかこんなこぎれいなお店に入ることができました。しおり6枚、コースター6枚セット、テーブルクロス2枚を買い、14$。相手が値切る気のないのを見て、全く負けてくれなかった。この後、家に何かほしいものないかと電話したら、そうたぐいのものは全くいらないから絶対買わないでと言われた。そこまで言わなくてもいいんじゃねーか。でも、ベトナムの民芸柄ってのーは、何か魅かれるものがあるんだよなー。

  

あまり好きじゃない買い物をし、家に電話かけてストレスが溜まったので、baker cafeってところに入ってみた。こんなおしゃれな店があったんだー、ハノイにも。店内の雰囲気、音楽もいいし、パンも飲み物も旨かった。大体引っ越してからもと住んでたところの良さってわかるもんだよな。

  

そして、近所を散策。やっぱりホアンキエムの回りは落ち着くわ。近くにこんな素敵な教会もあるんだよな、今日はなぜか休みだったけど。ホアンキエムの回りではウェディングドレス着たたくさんのカップルが結婚式用の写真撮影をしてた。これが二人のピークってやつかな?ちなみにベトナム女性は、未婚の場合子猫ちゃん、結婚語はタイガーと呼ばれている。街を歩き、夫婦でやってる小売り店などに入るとこの意味はすぐにわかる。男性スタッフの話からもこの様子は窺える。

  

さて、帰りの時間。ハノイには大体東西南北に一箇所ずつその方面へのバスターミナルがあり、ここザバットは、南方面のターミナル。これだけバスが無秩序に並んでたらどれに乗っていいのか全然わからない。中央にチケット売り場があり、そこでチケット(たぶんローカル160円のところ外国人料金は、200円)を買うと、売り場で待機してたおばさんがバスまで案内してくれる。これがそのバス。これだけ密集したバス集合舗装面にあって、クーラーがない。写真中央に見えるのは扇風機。

  

しかし、なんで運転席にこれだけの線香焚くんだ領ろう。暑いし、いつ出発するかわからないで、当惑していると。そこはそれベトナム人。みんなで、どこへ行くのかだの、職業は何かだの、家族はどこかだの、暑くはないかだの、いろいろ世話してくれる。このおねーちゃんは、ここは扇風機が当たるから涼しいと席を案内してくれ、しばらく話の相手(ベトナム語だから、あまりわからないけど)をしてくれた。彼女はなんでも薬学部の学生で今日はおじさんのところに遊びに行ってきたとの事。なんで、ベトナムの学生は英語が話せないかと聞くと、いまでと同様、話をはぐらかされた。なお、技術系の大学の受験には英語は不要とのこと。それにしてもにぎやかに盛り上がった。まあ、こういう人との気軽な付き合い方って、もう俺の子供のころにはなくなってたなー。戦後の日本にはきっと残っていただろうけど。

  

 

22(土)

 仕事後、床屋に行ってきた。割と流行ってるところなので安心して座っていると。櫛掛けがやけに痛い。カットが始まると、目の前を挟みがくるくる回ってる。あー、都会で流行ってるアーティスト風の技を見せながらカットするんだなーと思ってたら。カットも痛い。あれっと思って顔を見たら、よくいるいい加減なベトナム青年の顔だった。挟みを目にでも入れられたら大変なので、彼の手首を掴み、動かししゃだめとジェスチャーした。伝わったのか伝わらなかったのか、心なし挟みが踊ってる。しかも、まだ痛い。こりゃだめだと、いくら置いて帰ろうかなといやな顔をしてたら、別のオニーちゃんが出てきて、交代してくれた。このオニーちゃんは旨い。ホットして、カットが終わったらさっきのいい加減青年が戻ってきて、剃刀を持ち出した。これはさらに危険なので、ひげそりを断り、洗髪して帰ってきた。無事で良かった。彼らにとって切り傷の一つや二つはまったく気にならないものだから、下手したら耳そり落としても笑顔で謝られるだけだ。

21(金)

 昨日の続き、彼らには計画ってものがない。作ってから不具合があれば、その場で考える原始的なやり方だ。基礎を作り、装置を入れる、入らなければ基礎を壊すって具合だ。これは、本来の楽天的な思想からくるものか、それともただ単に途上国の技術レベルが低いからなのか。まあ、スタッフにも言ったけど、コメは一年に三回収穫でき、果物の季節は道端で二束三文で変える。池や革には魚がいっぱい。これじゃ会社できつい思いして働くことはねーわな。この間の元気のないスタッフは、ついに子供を実家に預けることにしたそうだ。奥さんは会社勤めだけど、パートタイムって制度はないから、会社から文句を言われているようだ。そのスタッフからは、あなたと同じように奥さんも会社から文句を言われているって言われちゃった。きついなー。

20(木)

 ほんとにベトナム人ってのは、期限や精度については、信用できない。今日中の予定のサンプルの発送終わった?はい、明日の朝やります。今日中にこの工事は終わらせます。就業際、終わったかと聞くと、今日は材料届かなかったのであすやります。今日はワーカー配置したので、今日中に運転開始します。さっき電話があり、設備が故障し担当者がいないので、明日運転開始します。今日一日で期限に関して3件この有様。彼らにとって時間的な区切りは週間が最小単位になっているようだ。疲れたー。

19(水)

 最近元気のないスタッフに、理由を聞いたら、生後数ヶ月の赤ちゃんの子育てが大変なんだそうだ。日本では考えられないよな。面倒を見てくれてた親が病気になり、入院後地方の実家に戻ったまま、雇っていたヘルパーも突然やめちゃったそうだ。それで、妻と交替で子供の面倒を見ているとのこと。ベトナム都市部の若い夫婦の共働き率は、90%以上。ハノイで生活するには、資産家じゃない限り共働きが必要だ。生まれたばかりの子供の面倒を夫婦の親御さんが見に来れない場合は、実家に子供を2年程度預ける。それもできない場合は、子育てヘルパーを雇う。時間が長いこともあり、ハノイの相場は、ひと月250ドル程度。これは高いよ。かれらの月給では。それでもヘルパーは、急にやめちゃうこともある。気まぐれなベトナム人だから。それと、女性は、子供を産む前の月までバイクで通勤する。見ている方が怖くなる。でも、それしか手段はないからと彼らは言う。それでも、みんな陽気で世話好きで、中国人嫌い、みんな楽しそうに働いてる。いつもつまんなそうに働いてる日本人って何?

18(火)

 最近になってやっとわかった。こともの頃から受験勉強で我慢を続けてきた若者は、やりたいことがないんだ。自分の意思を通すことができず、やりたいこともヤらずに我慢してきたから、やりたいことをやって、それを成功させる体験がないため、これをやってやろうと思わないんだ。だから、会社に入っても楽しそうじゃないし、我を通す気力もないんだ。これまでの日本を支えてきたのは、中小企業の親父さんたちだ。彼らは子供のころから、我慢せずやりたいことをやってきた。成功も失敗も含めて。だからいつもやりたいことがあるんだ。

17(月)

 最近体重が増えてきた。こっちの生活になれて、仕事も少し楽になったからかな。でも、前みたいに80kg近くになるのはごめんだな。昨日、今日酒飲まなかったから明日は体重減ってるかな。

16(日)

 土曜は工場近くの町の外れの家に結婚式で行ってきた。今日は飲みすぎで最悪状態だ。こうゆう田舎の家に行くときにいつも、道に迷い、道端で何度も道を聞いてやっとこたどり着く。今日会社でスタッフに聞いたところ、やっぱり思ったとおりはこういう場所では、家の住所が無いんだそうだ。・・省・・市・・辺りといった具合だ。当然、ハノイのようにストリート名があるわけじゃないから、・・辺りさえ良くわからないんだそうだ。でも、結局なんとか行き着くんだよね。これはこれで凄い。さて、道中、なんとも寂しい場所を通ったが、この写真は、合成じゃないよ。ほんとにこんなにアヒルがいるんだよ。だから、アヒル料理も安いわけだ。

14(金)

 土日は、結婚式二連チャン。ひとつは工場近くだけど、日曜日は、タインホアまで行かなきゃ。やっぱ断っとけば良かったかな。土日丸つぶれだよ。でも、暑さもほどほどになり、これからベトナムの結婚式シーズンだ。肝臓鍛えておかなきゃ。

12(水)

 お昼近くの歯医者の予約があり、今日はやることもないので、会社を休みにして、ハノイ往復をたのしんだ。まずは、駅前のバス停に待っていると30秒くらいで中型バスがやってきた。やっぱり簡単なんだと思っていたら、ハノイの僻地で下ろされた。ハノイまでの料金はやすくなったが、結局市内の移動にタクシー代がかかってしまった。ハノイーphuly間は、50ギン。約200円。市内までのタクシー代は130ギン。約500円。銀行に行き歯医者のための金をおろし、ホータイ湖東部にある歯医者へいった。このビルは外国人の在駐人もおおいので、日本色レストランが2件あり、久々にうな重を食べた。食事後、帰りは列車を利用するため、ハノイ駅に行った。PHULY行きの切符を買ったら、22ギン、約90円だったので、座席指定つけてっていったら、この値段で既に付いてるんだ。60キロ近くの距離になるんだけどね。出発は3時間後なので、久々に、駅近くのジャズ喫茶に行ってサイド軽い食事。なんか変な取り合わせだった。出発30分前に駅に行ってみると、すでに乗車可能状態。車両番号と座席番号をたよりに乗ってみたが、なんと木製の椅子。長めのと、短めのがペアーでならんでする。そしてなんど、短めの木製椅子は、二人がけ、眺めの木製椅子には3人がけの番号が振ってあった。おまけに窓には鉄格子。これじゃまるで、受刑者輸送用貨物だよ。発車直前には、ほぼ全席埋まった。おまけにとなりのおねーちゃんは、犬を持ち込んでそいつをシートの上に座らせてる。たまたまか、俺が外国人だったせいか、幸い俺のとなりの席だけは空いていた。たった60キロを一時間四十分かけてphulyに到着。結局17時半。今日は疲れたねー。

左写真がハノイ駅外景。中央口右手にはちゃんとロッテリアもある。まあ、でも一日1本しか使えねーからなー。右写真はホーム。写真だとキレイに映るね。

 

左写真が座席。この木のシートに三人掛け。窓には鉄格子。でも、今まで毎朝通勤時に眺めてた風景を逆に列車から見るのもいいね。出発時、他の座席はすべて埋まった。

 

 

11(火)

 朝、usopenをtvでやっていた。フェデラー出てないからあんまし興味ないけど、見ていたら。オリンピックの決勝でフェデラーとマレーの試合を思い出した。プロにとってはお祭りに当たるので仕方がないが、目に余る猿芝居でマレーを優勝させていた。ジョコビッチもマレーに負けるわけないし、デルポトロにも3位決定戦で負けるわけがなかった。そのあとのマリー不在のマスターズでは、フェデラーもジョコビッチも本気で決勝戦を戦っていた。素晴らしい試合だった。そして今後のusオープン。フェデラーは、負けるはずのない相手に準々決勝で負け、ジョコビッチは、決勝で目に余る猿芝居をして、マリーに負けた。確かに5セットマッチをこの頻度で続けていたら、プレーヤーの寿命は縮まる。そして、ナダル不在の今、年寄りのフェデラーとテニスロボットのジョコビッチでは、男子テニスの未来はない。マレーを成長させたい気持ちはわかる。しかし、猿芝居だ。観客や必死に応援してる恋人やコーチの身にもなれってんだ。こういった状況が続くようなら、男子テニスに未来はないだろ。女子は掛け値なしでおもしい。興業収入も男子より多いんじゃないかな。だから、猿芝居はやらない。一体どのくらいの人が猿芝居を見て感動するんだろー。

9(日)

 今日の一日。5時から7時までテニスし、朝飯は、いつもの川魚ラーメン。この町は、いくつもの川が合流してるから、川魚の名産なんだ。その後は隣のしゃれた喫茶店にて、朝コーヒーと葉巻。(左写真)これ最近覚えたコース。このコーヒーは格別だ。また葉巻とよく合う。まあ、葉巻っても、正式な奴じゃないけど、この店で一本売りしてくれる。休憩後、近くの川の探索へ。この川は出勤途中によく見るけど、浮草の量が毎朝違ってる。(写真右)

 

川を下って行くと、こんな風に川面全面が浮草に覆われている。この領域が上ったり下ったりするんだ。でもって、この綺麗が川が下流で北部最大の紅川に合流し、汚い色になる。右写真は船上カフェ、さすがにここでは何が出てくるか心配だったので、入れなかった。

 

お昼近くになり、腹が減ったので、街中にてアヒル料理専門店へ。ここでは、肉を網ではさんで、炭火で焼いていた。ベトナムには一人前っていう量がない。一人で行くと量が多くて困る。でも、ここは、そんなに大量には出てこなかった。bunコメの細丸麺とビールとで400円もしなかった。肉は旨いんだけど、小骨が多くて参った。魚同様日本人には向かないかもね。さて、夜はどこかに飲みにいくぞー。でもひとりじゃねー。

 

8(土)

 うー、美しすぎるシャラポア。準決勝のウェアは素晴らしい。アザレンカに僅差で負けちゃった。

6(木)

 上の写真の猫がいなくなっていた。閉まったと思い頼んだ肉類を見まわしたがそれらしき肉は入っていない。ホットしたところで、よく店内を見回してみると餌を食べてる最中だった。まだ小さいからから落とさないよなー。

5(水)

 腹が痛い。最近よく行くバインコンチャーの店が閉まっているため近くのフォー屋さんに変えた。ここでは、例のアヒルのふ化しかけのゆで卵をフォーの付き出しとして2個出してくれる。ここ二日間一個も食べられずに残したが、この腹痛はこれのせいかな。まあ、腹いたは週に一回は必ずあるので、あまり気にしなくても良さそうだ。でも、冷蔵庫じゃないところで売っていた牛乳のせいかな?

4(火)

 疲れたー。携帯いじってたら、スカイプが使えなくなってしまい。帰宅後から今まで3時間半携帯と格闘した。おかげて今やっと使えるようになった。ホント携帯ってーのは使いにくい。昨日は久々にハノイでs社u氏と寛にて会食。久々に日本酒のんで、帰ってきたのが10時だった。朝はテニスに行けなかったけど、遅くまで寝てたせいか、疲れが取れた。でも、今日の携帯トラブルで一気に疲れが戻ってきた。

2(日)

 朝は5時にテニスコートに行くと、水がたまっていたので、水はきが終わったら大雨になった。そのまま、クラブハウスで果物やお茶を飲みながら、1時間やり過ごし、そのあと二時間半テニスができた。赴任当初は、ベトナム人にテニスを教えていこうと思ってたけど、各街には大学出のコーチがいるし、比較的レベルも高い。やっぱり自分で楽しむ程度が一番かな。写真は、クラブハウスの様子の雨の街角。右写真のホットドック食べたら、今腹痛い。

9月1(土)

 さあ、テトの次に大規模な中秋休み。何しようーか。何にもアイディア浮かばない。精神的な疲労がたまってるのかな。

朝昼と、酒と昼寝を繰り返し結局6時になってしまった。籠ってばかりいるのも良くないので駅前まで自転車で出て行った。そしたら、始めてみる古本屋さん(ベトナム語だけ)や、チェーの店(一杯40円、明日の朝が怖い)、しやれたCAFE(二階建てで、外から見える奴、30年前には地方都市にかなりあった)などあり、ストリートに以外に活気があった。アヒルや豚や鳥の丸焼き屋台もあり、今度また来てみようという気持ちにさせる場所だ。